海外視察

2005/1/10

パレスチナ自治政府長官選挙監視活動中のすとう信彦より現地報告


 

パレスチナ選挙監視ミッション報告

 

              衆議院議員 首藤信彦

 

15日 エアフランス機にて成田発。正月早々だというのに、満員なのに驚く。午前5時過ぎにパリのシャルルドゴール空港着。イスラエル便の特殊事情(テロ対策)で再度チェックインを繰り返すことになり、パスポートコントロールを潜り抜けて、エルアル航空のカウンターへ...予想したとおりカウンターは開いていない。荷物を抱えて人気のない通路に座り込む。あれ、こんなところに日本人がいるのか、と思ったら、外務省中東1課のOさんではないか。なんと同じ選挙監視に参加ということで出張してきたとのこと。再会を懐かしむと同時に、パレスチナの昔話に花が咲いた。3時間後にようやくスタッフが来たと思ったら、延々とミーティング。カウンターを明けたら、今度は例の執拗な尋問。パスポートが新しいので怪しまれて、別のパスポートはどこにあるいかとしつこく聞かれる。心理学の実験じゃないが、こうした質問を繰り返されると、心臓がドキドキして、なんだかこっちもテロリストの気分に落ち込んでしまう気がする。何度来ても、イスラエル便のこのセキュリティチェックにはまいる。やれやれと思う。執拗な質問を潜り抜けて、で結局5時間の時間調整のあと、満員のエルアル航空でようやくテルアビブに到着。エーツ!これがあのテルアビブ空港ですか?というくらい巨大でモダンな空港に変わっていた。数ヶ月まえに開いたばかりとのことだが、テロ続きで観光客激減のイスラエルで本当にこれだけの空港施設が必要なのかと疑問を持つが、おそらくグローバル経済の発展に遅れないように思い切った空港投資に踏み切ったのだろう。

エルサレムへ移動し空港にチェックインしたら朝の5時半になっていた。仮眠の後、政府派遣団が監視団の本部にするアンバサダーホテルへ移動してS公使と打ち合わせ。ガザ地帯の危険についてアメリカ側の情報を聞く。かなり状況は悪いとのこと。

会議の後、まず問題のイスラエルとパレスチナを分断する悪名高き分断壁「壁」の視察に向かう。最初に、アブディスの壁を見に行く。東エルサレムを抜けて2時半にアイザリアに入る。壁は当初のものから積みあがり、7メートルぐらいか。圧倒的迫力で住民にすさまじい精神的圧力と、延々と遠い回り道を強いている。ところどころ黒こげになっているのは、何かを燃やしたあとであろう。いままでは何気なく通過していた街が、突然、壁で分断されてしまう暴力性に思いをはせる。目の前の友人宅に行くのに10キロを迂回するという話が現実味を持ってくる。経済活動は沈滞、停止に追い込まれること必定。

選挙のための候補者のポスターは驚くほど少ない。さすがにアブ・アッバス(アブ・マーゼン)氏のポスターは多い。交差点に巨大なポスター、アラファト議長の後継者を強調するのか、議長とのツーショットのポスターなどが目に付く。そのほかは無所属でNGO出身のムスタファ・バルグーティ(収監中のマルワン・バルグーティ氏のいとこ)、西洋的で若々しい感じが表現されていると思う。つぎにこの地域ではDFLPのハーレド氏が何分の一かぐらいの程度、そのほかの候補は、はがされずに残っているインティファーダの殉教者のポスターに紛れ込んで目立たない感じ。各候補者のポスターは、いずれもが引き裂かれたり、かなり汚されている。

キャンペーン風景アブアッバス氏は「改革と成長、祖国の安全、イスラエルによる占領の終了」などをスローガンにしている。投票所に予定されている建物に、まだ候補者のポスターが貼ってあり驚かされる。

道中、DFLPのハーレド氏の選挙事務所でスタッフやボランティアが街宣車にポスターを貼り付けて、ラリーに出かける瞬間に遭遇。さっそく事務所スタッフにインタビューを申し込む。ハレード氏の選挙ポスターは「若者の未来、女性の平等、独立までインティファーダを続行、変革の候補者」などのスローガンがおどる。選挙キャンペーンでおどろかされるのは子供の存在だ。屈強な若者に加えて、たくさんの子供(男の子)がバンダナを巻いたり、宣伝カーに同乗してキャンペーンを盛り立てている。(選挙法上年齢制限がないのかどうかわからない)

 3時半ごろラム着、エルサレム地域の中央選挙委員会を訪問、住民に投票を呼びかけるパンフレットをポスティングなどにより配布。各種のポスターを使用した広報努力に注力しているとのこと。逆に言えば、自治長官選挙に今ひとつ関心が盛り上がっていない現実を反映しているかに思える。

 

アンバサダーホテルにもどり、先遣隊として国連のブリーフィングに出席していた外務省のY氏と打ち合わせ。有権者約170万人それに東エルサレム地域の10万人というのが、有権者総数。東エルサレム問題がクローズアップされている。国際監視団はEUの監視チームが突出して大きく、16の地域を二人ずつのチームで監視するなどシステマチックに対応している。それに対し、アメリカはボランティア中心のアドホックな体制のよう。ラジオではしきりにカーター元大統領が選挙監視参加のため到着したというニュースを流している。またガザ地域の選挙監視はアメリカは危険が大きいとしてギブアップしたとのこと。

選挙監視で問題なのは、リスクの高いガザと複雑な問題を抱えた東エルサレム地域であろう。東エルサレム問題は領土問題を含む複雑な要素を内包している。東エルサレムまでを含むエルサレム全体を自国の首都とイスラエル側は主張しているのはご存知のとおり。壁(分断壁)も遠く離れた地域ではそれほど深刻でなくても(すでに北部では囲い込みの建設が完了したのと情報あり)、エルサレムにその建設が近づけば近づくほど、センシティブな問題が表面化してくる。東エルサレム内(J1)での投票は(小生の理解では)、東エルサレム有権者5367人(?!)が5ヶ所の郵便局(郵便箱)に投票するという一種の不在者投票のような形式をとる。それが出来ない者は東エルサレム郊外(J2)の投票所に直接行って投票することになるが、はたして選挙人名簿に名前が記載されているのか、記載されていなかったら現場の混乱をどう解決するのかなど課題山積。郵便局での投票に、パレスチナ側は立会い人を出さず、イスラエル側(イスラエル人、イスラエル国籍のパレスチナ人、ドルーズ派住民)だけが立会い、その用紙と結果をパレスチナ側のアブディスへ運ぶというプロセスになる。こんなことで公正な選挙ができるのかと驚くが、これがエルサレムの現実。これに国際社会がしっかり監視してほしいとの要求がでている。

選挙活動にも各所で批判がでていて、TV広告は圧倒的にアブアッバス氏が多く、それにバルグッティ氏がついでいるようだが、どうしてそんな巨額のTVコマーシャルがうてるのか、何しろ選挙資金のチェックが行われていないので問題だとの批判もあるとのこと。

 

6時より、アブディスにてDFLPのタイスール・ハーレド候補にインタビューすることができた。同候補の主張概要は次のとおり。

 「現在、選挙戦を戦っているが、イスラエルの選挙キャンペーンへの干渉に困っている。キャンペーンに車が活用できなかったり、出来ても選挙要員を同乗させられなかったりする。何よりも「壁」が障害であり、パレスチナ内の100ヶ所の壁と同時に、数百の移動する壁というか、チェックポイントが活動に制限を与えている。町に入るのも拒否されることがある。

広報活動も小党には不利だ。アブ・アッバス氏のファタハは公的施設を使い、セキュリティ要員も活用して選挙活動を有利に展開するが、独立系には不利だ。それでも、私が立候補したのは、なによりも政治システムを変えなければならないと思ったからだ。ファタハの一党独裁は好ましくない。多党制をベースとした政治にしなければならない。(ちなみにハーレド候補はアッバス候補の元同僚だそうです)

そのためには、長官選挙だけでなく、一般議員の選挙も重要だ。さらに現在までの自治政府の腐敗を正す必要がある。パレスチナ側に政治腐敗があれば、イスラエルに対抗できるはずがない。

選挙キャンペーンでは、女性の男性との平等、機会均等、貧困、失業、青少年問題に力点をおく。これらの解決に全力をそそぐつもりだ。

イスラエルの入植政策には断固反対する。民族的権利の保護をしなければならない。自治政府の予算管理の方法にも問題がある。公共事業・農業・工業への援助が必要だ。病院の再建などの福祉政策、教育機材・施設の拡充、破壊された道路の修復、さらに法律の整備も重要だ。監獄に拘禁されている者、殉教者の家族への援助やその子女の教育援助なども必要だ。

イスラエルの占領政策には断固反対する。占領と共存は両立しない。イスラエルの占領政策、その結果の入植はパレスチナの市民生活を破壊している。いったい、オスロ合意はどこに行ったのか?

前回の地方選挙で、DFLPも大幅に議席を獲得した。アイガリアで1議席、アブディズで2議席を獲得した。女性議員も多い。地方選挙では自治政府側がかなり投票用紙偽造などの選挙違反にもかかわっていたが、それを乗り越えての議席獲得だ。国民支持率は、この地域ではDFLP35%ファタハが41%、ハマス支持は非常に少なかった。

イスラエルとの交渉はそもそもDFLPが最初に平和裏に主張し始めた(1974)。領土交渉は、国際的な会議方式が好ましい。アメリカ一国ではだめで、第三者・中立国を必要とする。私は日本・中国の参加を求めたい。国際決議に基づく国際的な枠組みでの交渉が必要で、イスラエルはその枠組みに入れるべきでない。

明日の選挙キャンペーン最終日にイスラエルは邪魔してくるかも知れない。だからイスラエルに選挙活動妨害に対して批判を退出した。」   

以上