海外視察

2005/2/9

すとう信彦よりアチェ現地調査レポートが届きました


 

自分の家(廃墟)に印を付けにきた家族

 2月6日より9日まですでに12万人の死者(他に10万を超える不明者)が確認されているバンダアチェ市内、被災民の難民キャンプ、さらにヘリコプターにてスマトラ島西岸震源地の被害状況を調査した。

 アチェ市内の被害状況は(1)津波被害(2)その結果としての洪水被害(3)地震被害に大別できる。津波が直接襲った海岸から3キロ地点までは全市全壊、原爆直後の広島の状況を思い浮かべさせる。ところどころに見える旗は遺体大量埋葬個所である。津波上陸地点は、今は小波が立つのみだが、津波発生時にモーターバイクに飛び乗って、かろうじて生き残った者の証言では、津波の高さはわからないが、対岸の山が波に隠れてまったく見えなかったという。

 まったく何も残されていない場所に、なんとか自宅の所有権を主張しようと生き残った家族・親族が印をつけに戻ってきている。一家の半数が犠牲となった母親に津波の発生時の状況について聞いても、亡くなった(見つからない)子供の話しかしなかった。

家族で一人だけ生き残った女の子(難民キャンプ)

 津波直後に押し寄せた洪水で破壊された市街地では急速に復興が進んでいて、アチェ災害はすでに緊急支援でなく、復興期に入っていることがわかる。被害のシンボルであった漁船が突っ込んだホテルも営業を再開した。しかし、住宅地では瓦礫と死体の回収が始まったばかりである。

 ヘリで震源地の被災状況を視察。漁村は全滅状態。子供だけが生き残った家族もあり、今後の土地所有権をめぐっての紛争が予想される。生き残った住民は自分の村と遠く離れた難民キャンプに移され、自宅を見にもどることもできず、絶望感に打ちひしがれている。海岸から2キロ以内には家を再建させないとの政府方針も告げられ、アチェ住民に動揺と不安が広がっている。アチェの独立を目指すグループとの緊張もあり、災害復興は平和再建と同時平行して行わなければならないという困難な局面が待ち構えている。

 

 

住宅地区被害の状況

ホテルに突っ込んだ船