すとう信彦の地球的活動(時間と空間)

私は1969年に大学を卒業して総合商社に入社し、アルジェリア勤務以降ずっと世界の中で活動してきました。なぜそうなのかと、ふと考えるときがあります。おそらくそれは私の出生つまり1945年4月という大戦末期に満州で生まれたことと関係があるのだと思います。あまりに幼かった私自身は満州や引揚の体験の記憶はないのですが、小さいときにさまざまな人から多くの話を繰り返し聞かされとことが、その後の海外志向やこれまでの活動と深い関係があると考えています。同時に、このことは後の専門分野の危機管理研究を始める背景になっているかもしれません。

商社マン時代は中東・アフリカでのビジネスそして大学教授時代はパリやワシントンでの危機管理問題、国際問題研究活動が中心でしたが、1989年冷戦構造が崩壊し、アメリカ・ヨーロッパ・ソ連邦の混乱、世界各地で発生する地域紛争、国連の無力という混乱の渦の中から、自分の働く場としてNGOを見出し、インターバンドというNGOを創出して紛争予防から民主化支援などを通じて世界システムの安定に多少は直接貢献しようと活動してきました。

ところが、世界の問題に直接関与すればするほど、日本の存在や日本の役割が問題となることがわかりました。それと同時に、日本自体が世界の変容に対応できずに深刻な構造的問題を抱えるようになりました。まさに、世界の問題は日本の問題であることもわかったのです。この認識が日本での政治改革を目指す原点となりました。その意味で、世界は私の原点であり、到達点であるかもしれませんね。

2008年4月1日
首藤信彦(すとうのぶひこ)